Healing Discourse

ヒーリング随感5 第4回 うつぼ物語 高木一行

◎ウツボのタタキと煮こごりが、高知より送られてきた。
 ウツボの強靭な捨て身パワーを身に受けるべく、マナを感じつつうやうやしくいただいた。
 淡泊ながらしっかりした味わいの白身とゼラチン質に富んだ皮のコンビネーションが絶妙だ。たまねぎスライスと青ネギみじん切りがまとわりつき、共に波打ち、揺らぎ、ポン酢によって活気を与えられる。

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◎昔、沖縄の西表島[いりおもてじま]でロングステイ中、ある晩、現地在住の友人に誘われ夜釣りについていった。
 マングローヴ地帯の広々とした河口部。観光遊覧船の船着き場。
 熟れ過ぎて発酵したアダンの実だろうか、甘酸っぱくかぐわしい香りが夜気[やき]の裡に交じっている。
 友人は仕掛けを遠方に投げ込み、そのまま竿を寝かせて待ち受け態勢に入った。竿の先に鈴がついており、魚が餌(冷凍サンマのぶつ切り)に食いつくとわかるようになっている、とのことだった。
 狙いは現地でカワシビと呼ばれるゴマフエダイ。大きいものは1メートル近くになる、精かんな顔つきの赤い魚だ。鋭い牙を持ち、猛烈なファイターとして南方釣り師たちの間ではよく知られている。
 私たちは、仰向けに寝ころび、星空見物としゃれ込んだ。満天の星を眺めながら、あれこれとりとめもなく話をしたり、時おり天空を流れ星がよぎると、そろって歓声をあげる。私はこの時初めて、人工衛星が地上から目視できることを知った。
 魚釣りのことは、いつの間にか私たちの念頭からスッカリ消え失せてしまっていた。自然を感じ、自然に抱[いだ]かれ、自然の中に溶け込んでいく、限りなく贅沢な時間。

◎1時間近くが経過。突然、鈴がチリンチリンと鳴り出した。 
 すわこそとばかり友人が竿に飛びつき、体勢を整え、呼吸をはかり、一気に引く・・と、頑丈な竿先がぐんと大きくしなった。どうやら大物らしい。  
 余談だが、「あんな」時の釣り師の素早さにはいつも感心する。繊細な感覚と反射神経が研ぎ澄まされ、鍛えられる効果が、釣りにはあるのだろう。
 竿を立てたり傾けたりしながら、少しずつ少しずつ、リールを巻き取り、獲物をたぐり寄せていく友人。が、そのうち、「何だかおかしい」と言い始めた。
 カワシビならもっと派手に暴れ回ったりジャンプしたりするはずだ。どうも、石でも引っかけてしまったのではないか・・・。
 なんだ、魚じゃなかったのか、と高揚した気分が冷めるいとまもなく、「いやっ、やっぱり魚だ!」との友人の声。「しかし、何だ、一体。この妙な手応えは・・・・・・・・あっ、ウツボだ。大きなウツボがかかってる!」
 水面近くまで引き寄せられ、ときおり大暴れするウツボを、 私は何とかたも網に納めようと苦闘した。かなり重くて大きく(大人の腕くらいの太さ。長さ1メートル強)、くねくね暴れて網からすぐ飛び出してしまうので、水から上げることがなかなかできない。
 こんなものをどこの魚がくわえられるのかいというほど大型の釣り針を呑み込み、細いロープみたいな頑丈な釣り糸でがっちりつなぎとめられているのだから、 まあじっくりやればいいか、という私の一瞬の油断をあざわらうかのように、ウツボは突然、口から飛び出している釣り糸に自ら絡まり始めた! 幾重にも幾重にも、糸がギューッと全身に絡みついて深く深く食い込み、今にも全身がぶつんとバラバラに切断されそうなほどの凄まじい勢いで、ぐるぐる目茶苦茶な螺旋回転が・・・止まらない。まるでウツボが自殺を決意したかのようだった。
 おい、ウツボよ、やめよ、危ないぞ、と思わず声をかけそうになったその瞬間、信じがたいことに太い釣り糸がぶつっと切れた!
 そして自由を勝ち取ったウツボはあっという間に網を逃れ、真っ暗な水中へと逃げ去った。

◎大潮の干潮時、亜熱帯の陽光がさんさんと降り注ぐ西表島の海岸地帯を歩き回ると、岩のくぼみなどに海水が残った浅いタイドプールで、小さなウツボの子をみかけることがよくある。運が良ければ、色鮮やかなイワガニにウツボが襲いかかるシーンも目撃できるかもしれない。
 ある時、小さな潮だまりに取り残された子ウツボをつかまえようとしたら・・・・それは、たちまち水から飛び出し、干上がった海底を物凄い速さで数メートルも這い進み、海の中にポチャンと飛び込んで逃げてしまった。
 ちゃんと逃げ道を心得ているのだ。

◎同じく西表島の話だが、ある日、漁師[ウミンチュ]の友人とサザエ取りに熱中していたら、テーブル珊瑚の下に巨大なウツボがひそんでいるのを発見した。
 ちょうど小さなヤス(ゴムひもで発射する手銛[てもり])を手にしていたので、慎重に狙いを定め至近距離から打ち込んだ。が、えらの後ろあたりに突き刺さったと思った瞬間、ウツボは身をくねらせ大暴れ。ヤスを引き抜き、たちまちどこかへ泳ぎ去った。
 もうもうと砂ぼこりが舞い、周囲の視界はしばらくゼロになった。

◎その3ヶ月後、私は友人らを引き連れインド洋のモルディヴで心身修養の合宿稽古を執り行なっていたのだが、そこで不思議な出来事に遭遇した。
 モルディヴ滞在中のある日、友人らが「大きなウツボがいる。でも傷ついて弱っているようだ」と知らせにきた。
 すぐ海に入ってみると、なるほどクリーム地に黒く細かい斑紋が鏤[ちりば]められた見事なニセゴイシウツボが、人が近づいても身を隠そうともせず、砂地にじっと横たわっている。体長約1.5メートル。
 よくみると、鰓孔の後ろに銛で突かれたような大きな傷跡が白くぱあっと花開いたようになっており、それが致命傷となったようだった。
 口をゆっくり開けたり閉じたりしながら、死の訪れを浅瀬で静かに待つ大ウツボ。その目をのぞき込んだ瞬間、アッと思った。
 胸の鼓動が一気に高鳴った。
 3ヶ月前、西表島で私が中途半端に突いたウツボも、ちょうどこれと同じ種類、同じくらいのサイズではなかったか? あの時、ちょうど同じ箇所に銛が突き刺さったのではなかったか?
 あの、同じウツボがここまで追いかけてきて、私に何事かを告げようとしている・・・・? 
 ・・・現実にはあり得ない話だ。
 が、海ではいろんな不思議が起こる。
 そして、私は今、ウツボのカミ(スピリット)を、是非、龍宮拳の万神殿へ勧請[かんじょう]したいものと熱願している。

◎前回に引き続き、第2回龍宮拳研究会・2日目のムービーを。

<2013.02.04 立春>