Healing Sound

ヒーリング・エッセイ 第12回 振るえるハート

「疑うと、胸が閉ざされる。疑いながら、その胸郭を閉ざす身体作用と同調し、レット・オフ」
 少し前、このシンプルな修法を夫から初めて教わった時、胸がバターのように柔らかくとろけ、圧倒的な気持ちよさの大波に呑みこまれたかのように感じました。
 思い返すとかつての私は、猜疑心によって相当胸を固く閉ざしていたのではないか。胸がいったん溶けてフワフワになると、それ以前にどれだけ閉じていたかがよくわかります。

「口ではこういってるけど、本心は違うのでは?」
「陰で私の悪口をいっているかも・・・」
 そんな疑心暗鬼状態を身体的に観察してみると、胸がキューッと閉じて肋骨が締めつけられ、息苦しくなってきます。すると猜疑心がみるみる増殖して、疑いが疑いを呼び、ひどい被害妄想に囚われていくのです。
 思えば思春期ごろから、対人関係においてこの「猜疑心」特有の感覚につきまとわれていました。友だちと会話していて、「この人は本当はこう思っているはずだ」、「私はこんな風に思われているに違いない」、「こういったら相手は喜ぶはずだ」など自分勝手な憶測を巡らせ、それが事実かどうか確かめもせず思いこんでしまうことがよくありました。
 
「疑う」とは心理的な問題であり、肉体には何の関係もないと一般的には思われがちですが、疑う時には確かに胸が重く凝滞していきます。それがわかれば、その胸の動きを逆に活用して、疑うことそのものを軽やかにほどくことができるのです。
 両胸に両手で柔らかくタッチしておけば、疑いに伴い胸が驚くほど縮んでいくのがよく感じられるでしょう。
 あるいは、胸いっぱいに息を吸いこんで止め、胸郭を膨らませた状態で、何でもいいから疑ってみるとわかりやすい。「疑いが胸を閉ざす」という教えの意味が、理会できるはずです。
 疑いによって胸が閉ざされる感覚は、かつてブラジャーをしていた時にしばしば感じた息苦しさによく似ています。考えてみると、ブラジャーをつけはじめた時期と、人を疑いはじめた時期はリンクしているような気がします。

 胸がとろけて、全身が気持ちよさそのものになった時には、人を恨んだり、嫉んだり、憎んだりすることが、しようと思ってもできなくなります。
 本当に不思議としかいいようがないのですが、胸がひらくと自動的にそうなります。人から裏切られたり、貶められて傷つき、相手のことがいつまでも許せないということがあっても、胸が溶けると、恨みそのものが消え、どこにも感じられなくなってしまうのです。
 その時には、言葉にできないほど清々しく、幸福感と感謝ではち切れそうになり、すべての執着や思い煩いから解き放たれています。
 ときめきが胸から溢れこぼれ、すべての人に愛を振りまきたい気持ちになってきます。人間というのは、これほど軽く、気持ちよくなれるものなのかと驚くこともしばしばです。

 私は、疑いという行為を胸郭で意識化・強調し、レット・オフすることを、1日のうちに何度も、思い出すたびに修することにしています。そうでないと、すぐ元の自分に戻ってしまいがちになるのです。
 それほど、長年の間に染みついた習慣の力は強い。ハートの開放を新たな習慣として身につけるためには、それなりの時間が必要なようです。

 疑いと胸の関係を研究・実践テーマのひとつとするようになってから、驚くべきことに自分自身に対してもかなりの猜疑心を持っていたことに気づきました。
「どうせ、私にはできない」
「また失敗するに決まっている」
 こういった、自己の限界を勝手に作り出す「自分自身への疑い」が、過去の私の言動や行動を支配していたことがわかってきたのです。
 自分で自分を疑い、縛りつけ、卑下し、貶めているとしたら、今以上の成長発展の可能性はありません。
「きっとダメだ・・・」そんな疑いの思いが起こった時、それを強調してオフにすると、「私にもできる」、「やれる」という自信が湧いてきます。それは無理に「できる」と信じ込もうとすることとはまったく違っています。

 夫によれば、胸の力が抜けて透明感が増してくると、人と共感する能力が身につくといいます。それは真の意味で他者とつながり、関係性を深めていく能力ともいえます。夫婦や恋人、家族や友人同士で胸を溶かす修法を実践しあえば、お互いへの信愛や絆はどんどん拡大していくのではないでしょうか。
 逆に、胸が固く閉じていると、人と深く関わることができなくなってしまいます。現代人の多くが抱える理由のない孤独感は、胸が閉じていることが根本原因なのかもしれません。
 ヒーリング・アーツを学ぶ上でも、胸郭が柔らかく緩み、自由に動くことは大切とされています。胸が閉じていると、ヒーリング作用を深く受け取れないのです。

 先日、初めてヒーリング・アーツを学びに天行院を訪れた広島在住の女性(Kさん)は、最初ブラジャーをつけていました。その時、夫から「疑うことを胸の感覚として意識・強調し、レット・オフする」修法を授かって少しだけ実践し、次に参加された時には自発的にブラジャーを外していました。
 胸を溶かしやわらげる修法として、乳房や胸の筋肉(大胸筋)を含めた胸全体を、肋骨の形にそって柔らかくマッサージするというものがあります。これをKさんと一緒に練修していくと、最初はひどい猫背だった彼女の姿勢が、みるみる真っ直ぐ伸び拡がっていきました。猫背というのは、背中が丸くなるのではなく、胸が縮こまった状態だったのです。
 大胸筋を筋繊維(筋肉を構成する細いすじ)に添って拡げ緩めていった後の開放感はすさまじい。背中側の肩甲骨まで内面からほぐされて、肺の中にたっぷり息が入ってきます。

 自然に胸がゆったり張られ、堂々とした姿勢になります。女性のシンボルである乳房をあけっぴろげにさらけ出す気持ちでいる方が、隠そうとして胸を引っこめるよりずっと気分がいいものです。
 Kさんにお話をうかがうと、普段ずっと感じていた焦燥感やイライラが、たった数時間ヒーリング・アーツを学びながら実践したことで、スッカリなくなってしまったといいます。もちろん、ヒーリング感覚を持続させ定着させるためには、自宅での実践が不可欠ではありますが・・・。

 疑うことを身体的に感じ、それを強調してレット・オフ。たったこれだけのシンプルなものですが、生涯修していく価値がある宝のような修法と感じています。

<2010.05.25>