Healing Sound

Medusa 〜メドゥーサ〜

女神の時代へのプロローグ

酒見賢一/作家

 現代ほど“癒し”が求められている時代はかつてなかったように思う。それは音楽の世界にも端的にあらわれている。ヒーリング・ミュージックと銘打たれたアルバムが数多く店先を賑わしているのも、人々に求められればこそであろう。ただし太古よりムシケーは、ミューズのなすところ、人々を慰め癒すために存在してきたのである。
 このアルバム「メドゥーサ」をたんにヒーリング・ミュージックとして聴いていただくのはそれはそれで構わない。ただこの作品集には既成のあまたの“癒しの音楽”とはテーマとして本質的に異なるところがあることが、聴くうちに次第に了解されてゆくことと思う。
 大いなる癒しをもたらす本質的なものとは何であろう。それは永遠にして女性的なるもの、根源的にして母なるもの、すなわち女神的な力に他ならないのではなかろうか。ここに収められた楽曲にはすべて女神たちとその力が籠められている。女神の力は、高木美佳氏のすぐれた創造力と祈りにより、あるときは可憐優美に、また力強く、あるときは神秘的に、またリズミカルに顕現されている。それはまさしく癒す力[ヒーリング]であり、聴く者の心にあらためて癒しの本当の意味と懐かしき女神なるものを想い起こさせることになるに違いない。
 この作品集「メドゥーサ」は、ながらくゴーゴンという蛇髪の妖女の恐ろしげな姿として封印されてきた女神メドゥーサに捧げられた鎮魂の曲である。
 メドゥーサはギリシャ神話ではその視線を浴びた者をたちまち石化させる妖怪として描かれ、英雄ペルセウスが鏡を使って退治してしまう。この伝説の意味するところは深く、女神への封印、ひいては女性性の圧迫にまで及ぶ。
 だが、よりふるくはメドゥーサは大地と豊饒の女神であって、本来は地母神として崇拝されていたことが明らかになっている。それを妖怪にしてしまい、この世ならぬものとしてしまったのは他ならぬ我々なのである。
 しかしいまやメドゥーサは妖怪でも恐ろしきものでもなくなった。そう、もはや女神への封印は剥がされ、不当ないましめは解かれたのである。「メドゥーサ」は鎮魂曲であると同時に解き放されし女神への祝福の曲でもある。
 美しく強き女神たちの世界がここにある。まずその導くものとして、この楽曲はもたらされたのである。

酒見賢一 Ken-ichi Sakemi
’89年にデビュー作『後宮小説』で第一回日本ファンタジーノベル大賞を受賞。’92年『墨攻』『陋巷に在り1 儒の巻』で中島敦記念賞を受賞。2000年『周公旦』で第十九回新田次郎文学賞を受賞。中国史に根ざした作品群も多いが、その一方で『ピュタゴラスの旅』など、まさにSFと言える奔放な想像力で記された小説にも定評がある。

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