Healing Discourse

ヒーリング随感2 第12回 インドネシア巡礼:概要報告(前編)

◎先ほどまでの、のどかな村祭りの賑わいが、異様な時空感覚に、いつの間にか完全に取って代わられていた。あたり一帯を支配する、不安と期待をないまぜにしたようなこの重々しい雰囲気は、一体何だろう? 

◎インドネシア・バリ島東部、クルンクン県の某寺院庭前。
 210日に1度巡ってくる村の大祭のフィナーレ、「チャロナラン劇」が、今しもクライマックスを迎えようとしていた。
 寺院内部では、何らかの儀礼が執り行なわれているらしい。盛大に焚かれる香の煙が、深夜の空へ立ち昇っていく。
 村人たちのざわめきは、今や圧せられたように低く重く、蠢[うごめ]くかたまりとなって、まるで大地の底から響いてくる呪文みたいだ。それが、凝結して・・・・・。

◎!ワアあアあアああア〜ッ!・・・とでも書くしかない、異様な揺らぎを伴う叫びが、唐突に寺院内から発せられた。
 男が(あるいは女か?)、絶叫し身もだえしながら、左右から抱きかかえられ、寺の横門からよろめき出てきた。
 そちらに人々の注意が集まる・・・・と、私のすぐ右後ろで女性が爆発[トランス]した。彼女の叫びが、ある特殊な「質」を備えた波紋として、人々の裡を打ち拡がっていった。
 私は流されず、持ちこたえた。隣の妻も、中心を保ち、状況の一変をむしろ楽しんでいるらしい。が、この場に集った数百名の人々が、一斉に流体的に浮き足立つのが、同じ波動を共有した私には、手に取るようにわかった。
 振り返ると、1人の中年女性が倒れ、周囲の人に抱きかかえられながら、アアアアーッ、アアアアーッ!とわめき叫んでいる。苦痛か恍惚か、区別し難い表情を浮かべつつ、両手を思いきり開き、腕を突っ張る。
 すかさず手を伸ばし、そのトランス女性とヒーリング・タッチで触れ合った。一般にはお勧めできない、かなり危険な行為だ。下手をすると、生命力のプールに孔があく。私もあやうくそうなりかけた。
 トランス・ポゼッション。
 暗黒の女王が降臨し、配下の悪霊[レヤック]たちが解き放たれた・・・・・・。

 * * * * * * *

◎インドネシア巡礼から帰還した。
 ジャワ島の有名なボロブドゥール、プランバナン遺跡の他、日本人にほとんど知られていないチャンディ(寺院)・チェトーやチャンディ・スクゥなどを駆け足で巡り、さらにはウォーレス線をひとまたぎしてヌサ・トゥンガラ諸島のフローレス島、コモド島、リンチャ島にまで足を伸ばしたりもした。
 が、今回の巡礼のハイライトは、神々の島、芸術の島、最後の楽園などと呼ばれて世界的に名高い、バリ島だ。
 私たちの目的はただ1つ、深夜の寺院で奉納される神秘劇「チャロナラン」。

◎チャロナランという言葉を口にした途端、バリの人たちはたちまち態度が変わる。誰もが、「あれは特別です」と言っていた。
 チャロナランとは、善と悪の終わりなき宇宙的戦いをモチーフとする舞踏劇だ。善の獣神・バロンも登場するが、この劇の主役は、何といってもランダだ。あらゆる禍[わざわい]の元凶、魔女であると同時に、死と再生を司るいやしの女神。
 劇中、ランダの手下であるレヤック(悪霊・悪鬼)たちが観衆に次々と憑依して激烈なトランス現象を引き起こしたり、(稀ではあろうが)ランダを演舞する者が発狂して元に戻らないこともあるという。
 危険を孕む両刃の剣ではある。が、共同体レベルの深甚なヒーリング作用が、チャロナランによりもたらされるといわれている。

◎バリの人々の、供儀に注ぐ情熱が、今回の旅の最も強烈なインプレッションの1つとして、我が裡に印象された。彼女/彼らは、供物を捧げる人々だ。
 島民全部が芸術家であり、自然と調和した豊かな精神生活を営む楽園・・・・そんなものに出会えると期待して私たちはバリの地を踏んだわけではないし、実際、どこにもそんなものはありはしなかった。が、誰もが供物(自分の時間とエネルギーを、祭礼や祈りのために使うことも含む)に異様なまでの情熱を傾けている島、という噂は本当だった。島中寺院だらけ、という話も誇張ではなかった。
 祭礼の場へと、誇らかに行進する正装した人々。女たちの頭上に、晴れやかに、高々と積み上げられた、彩り鮮やかな供物の山。・・・そういう夢幻の如き光景と、1週間のバリ滞在中、毎日どこかで必ず出会った。
 街や村の到るところ、店内や車の中まで、あらゆる場所で必ず目にする、精霊たちへの手の込んだ供え物。
 そもそもバリという言葉自体が、「供物」「捧げもの」を意味しているそうだ。
 そういう宗教的熱情をもって、バリの民は、悪霊の女王にチャロナラン劇を奉納する。そして、ランダの歓心を買い、不幸や災厄を免除、または軽減してもらおうと祈る。

◎彼女/彼らは、自らが暗黒教徒であることを公然と自認して憚[はばか]らない。部外者の誰も、それを不審に思わない。
 皆、バリの魔術にかかってしまっている。実際、バリの地には強力なマジック(結界)が隙間なく張り巡らされている。
「魔法がかけられた島」というバリの風説は、正真正銘の事実だった。バリ魔道師たちの叡知と力に敬服する。
 魔術を使って描かれた絵画も、今回は美術館巡りの余裕などなかったが、何点か間近で観ることができた。バリ舞踏やガムラン音楽なども、元来、超越的な魔術意識を起源とするものだろう。
 私に言わせればバリ島とは、魔術の島だ。

◎チャロナランを導くガムランの演奏が、ひときわ不協和な旋律を奏で始める・・・と、あちらでも、こちらでも、次々に超次元のゲートが球心的に開き、トランスが暴発する。・・・・憑依・・・・・観衆は今や総立ちだ。
 ココナッツの実にかぶりつき、殻の粗い繊維をムシャムシャ貪り喰う若い男。生卵を丸ごと次々とほお張り、口元からダラダラ中身を垂れ流す老人。火のついた線香の束をボリボリ食ってしまう者。ピーピー悲痛な鳴き声が聴こえると思ったら、男の口から生きた小鳥がぶら下がっていた。鳴き声はすぐに止んだ。
 これらはすべて、ランダ配下の悪霊[レヤック]たちを満足させるための捧げ物なのだ。
 寺院の壁に登り、ヤギそっくりに鳴き騒ぐ者がいる。猿となり、木の枝を折り取って暴れ回る者もいる。
 レヤックとは、キリスト教が弾圧してきたような自然神であり、私たちが無意識の奥底に封印してきた原初の荒々しい情動であることを、私は体感的に理会した。
 
◎叫びながら失神する者が出る・・と、そのまわりで人垣がドッと崩れる。
 激しくのたうち回るトランス者を、数人がかりで必死に押さえつける。屈強の男たちが、小柄な女性にハネ飛ばされる。
 こわごわのぞき込む村人たち。次は誰がトランスするか、誰にも予測がつかないのだ。
 高僧より聖水をふりかけられ、ばったり倒れる者がいる。と、世話役たちが、すかさず場外へ運び去っていく。
 私たちが宿泊したリゾート・ホテルのスタッフ中にもトランス体験者がいて、いろいろ話して聴かせてくれた。ただし、トランスの最中の記憶は完全に消去され、何一つ思い出せないのだという。
 何か前兆があるわけでもないらしい。いきなり意識が失われ、聖水をかけられてハッと気づく。その間、自分が何をやらかしたか、まったく記憶が残らない。聖剣クリスナイフを自分の体に突き立てることもあるそうだ(深くトランスしている限り、ノープロブレムとのこと)。

◎やがて、地に敷かれた聖なる白布に導かれるかのように、寺院中央の割れ門から、女王の威厳を伴ってランダが出現、チベット密教の荒ぶる神を思わせる異形をさらけ出した。永遠の一瞬を静寂が支配する。
 悪霊たちに喚びかけるうおおおおぅという異様な声が、ランダの仮面の奥、腹のどん底より、絞り上げるように発せられる・・・と、凍てついた時の流れが、再び動き出した。
 バロンとランダが、交錯して行き違い、絡み合い、世話役たちがぐるりと取り囲む。その周りで騒ぎ立てる憑依者たち。若い女が3人、正門のところで奇妙に体をくねらせ、両手をヒラヒラ振り、嬌声を発しつつ、ランダに向かってはやし立てる。
 アッ!? ・・・・バロンの後ろ足を演じていた者が、トランスした。勢い良く崩れ落ちるように昏倒し、慌ただしく運び出されていく。
 悪の勝利・・・・???!!!・・・地面には砕けた生卵やら、鳥の羽やらココナッツの殻、何だか得体の知れないものなどが無数に散乱し、あたりは喧騒に包まれて、もう何が何だかわからない。
 劇そのものが、演者も奏者も観客も引っくるめてトランス時空へと移行したかのようだった。光と闇のダンスという1つの物語が、少しずつ形を換えながら延々と重なり、繰り返されていた。
「ああッ、楽しいなァーッ!!」と、渾沌の真っただ中で、下腹のドン底から全身へと球状に痺れ拡がる歓びの感覚を、何度も何度も感じた。魂で「イク」と、そうなる。
 周囲の人々も、怖がりながら大いに楽しんでいるのだと、わかった。

◎・・・こんな凄まじい儀礼を、バリの人たち(正確にいうとバリ人口300万の9割を占めるバリ・ヒンドゥーの信徒)は、各々の村で定期的に執り行なっているのだそうだ。
 バリ島とは、ある意味でカルトの島だ。
 そういう、バリの影に属する世界と、今回の巡礼では主に触れ合ってきた。

<2010.06.21 夏至>

写真1
古代ジャワ・ヒンドゥーの信仰を今に伝えるチャンディ・チェトー。
写真2
ボロブドゥール遺跡にて。
写真3
野生のコモド・ドラゴン。リンチャ島。
写真4
波打ち際がピンク色に輝くピンク・ビーチ。コモド島。
写真5
バリ島の聖地・モンキーフォレストにて。
写真6
ケチャ・ダンス。バリ島。
写真7
サンヒャン・ジャラン。密教的な火渡りトランス儀礼を、観光客向けに舞踏化したもの。バリ島。